Tag Archive for 茂木健一郎

茂木健一郎氏の連続ツイート、「フロー」に至る「加圧」のプロセス

すっかりなじんできた Twitter ですが、たわいない Tweet も、著名人の Tweet も結構楽しめる・・・震災後、Twitter に対する自分の態度に変化があることにも驚いていますが、まだまだこれからも継続していきそうです。

そんな Twitter の中で、茂木健一郎氏の連続ツイートは、毎日必ず参考にさせて頂いていますが、本日(2011年4月22日)の連続ツイートは、特にテニス選手にも参考になりそうですので、ちょっと引用しておきましょう。(引用は、「Twilog::茂木健一郎 (@kenichiromogi) /2011年04月22日」より。

  • 加圧(1)自分のスキル・レベルと、課題の要求水準が高いレベルで一致する。これが、チクセントミハイが言うところの「フロー」である。集中しているけれども、リラックスしている。そんな状態において、人は最大のパフォーマンスを発揮することができる。 posted at 07:21:56
  • 加圧(2)しばしば集中していることと緊張することを混同しがちだが、そうではない。最高の集中をしていて、どうじに表情に微笑みがうかぶくらいにリラックスをしている。そのような「フロー」の状態になれば、どんなに過酷な状況でも、それを楽しみ、高度の達成をすることができる。 posted at 07:23:21
  • 加圧(3)フローに達するためには、スキルが向上しなければならない。その過程では、自分の技術以上の課題に直面する局面がどうしても出てくる。その際に、いかに障壁に向き合うか、「加圧」の流儀が問題となるのである。 posted at 07:24:22
  • 加圧(4)自分の技術以上の課題に取り組む際には、当然失敗する。失敗の心理学が重要な要素となる。つまづくことに、いちいち落胆していてはいけない。失敗しても、まったく気にせずに立ち上がる。ましてや劣等感や焦燥感をもってはいけない。 posted at 07:25:52
  • 加圧(5)他者からのプレッシャーは避けられないものだが、できれば、自分で自分に加圧する方が良い。そうすれば、圧力のレベルを調整することができる。理想は、自分の技術よりも少しだけ上のレベルの圧力をかけること。自分でメタ認知して、難易度を調整する。 posted at 07:27:13
  • 加圧(6)英文を読むような場合は、わからなくても気にしないで、そのままリラックスして読み進むこと。理解できない、ということ事態を負のシグナルとして受け取ってしまっては、良質の加圧の妨げになる。 posted at 07:28:15
  • 加圧(7)自分の技術以上の課題に取り組んだり、失敗を重ねたりしたとしても、そのようなプロセス自体を集中し、リラックスする「フロー」状態の中で楽しむことは可能である。登攀の過程すべてを「フロー」にすることで、スループットを高めることが実際にできる。 posted at 07:30:19
  • 加圧(8)アスリートが世界最高記録を出すときには、集中しつつリラックスしているので、むしろ「流している」感覚になるという。「流している」感覚を、技術の向上のプロセス自体においても獲得することが必要なのである。 posted at 07:31:20
  • 加圧(9)脳は、ある特定の達成というeventに関連して喜びを得ることもあるが、一定の時間の流れ自体を心地良いと感じるstateに関連する喜びのメカニズムもある。後者を利用して、継続的なスキルの向上を図る。これが、「フロー」の生き方である。 posted at 07:33:02

茂木健一郎氏の「「典型的な日本人」

茂木健一郎氏の「連ツイ」というのは、本当に面白い!全てを転載することはできませんが、いくつかの「連ツイ」は引用して、自分の記憶に留めておきたい・・・先日の「典型的な日本人」に関する「連ツイ」もいろいろなことを考えさせられました。

日本人としてのテニス、日本のテニスと言ったことにこだわっている私ですから、「日本人」に関する内容は、やっぱり気になるわけです。

  • 典型(1) ツイッター上のやりとりで、「医者などの信用されるべき職業は黒髪であるのが当たり前」とか、「日本人なのだから、髪の毛は黒くて当然」などという人たちがいるのを見て、本当に愕然とした。「均質性」を暗黙のうちに前提として疑わない。病は深いと感じた。
  • 典型(2) 「典型的な日本人」として、髪の毛が黒くて、皮膚が「肌色」の人を思い浮かべる。「基本」としてはそれで良いとして、そのようなイメージを他人に押しつけることが、いかに抑圧的なことか、気付かずにいる人がいるとは、真に衝撃的なことである。
  • 典型(3) 20歳を過ぎた頃、「日米学生会議」でアメリカを訪れた。日本側は、事前に会合を重ねて入念に準備をしたが、アメリカ側は国土が広く、当時はインターネットもなかったため、会議開始の前日にしか会えなかったらしい。
  • 典型(4) ところが、初日の夜のお互いの「演し物」で、入念に準備したはずの日本側よりも、即興に近い形でやったアメリカ側の方が、見ていて面白かった。アメリカ人の瞬発力と、エンターティンメントに関する感性を思い知らされた。
  • 典型(5) 日米学生会議の初日の夜の演し物で、今でも記憶に残っているのが、「典型的なアメリカ人」(Typical American)である。
  • 典型(6) 一人ひとりが自己紹介する。そして、最後に、「私は典型的なアメリカ人です」(I am a typical American)という一言をつけて終わる。
  • 典型(7) 「私の父はフランスから来て、私の母はロシアから来ました。二人はニューヨークで恋に落ち、結婚しました。私は典型的なアメリカ人です。」
  • 典型(8) 「私の祖先は、イタリアから来て、ずっとシカゴに住んでいました。父の代になって、フロリダに移住し、そこで韓国から来た留学生だった母と知り合いました。私は典型的なアメリカ人です。」
  • 典型(9) 「私の父方の祖父と祖母は、いっしょにドイツから移民して来ました。母方の両親は、ロシアから来たユダヤ人です。私は典型的なアメリカ人です。」
  • 典型(10) 私の両親の祖先は、どちらも、アフリカから連れて来られた奴隷でした。解放されて、努力し、弁護士がたくさん輩出する家系になりました。私は典型的なアメリカ人です。
  • 典型(11) 私の祖先は、1800年初頭にアイルランドから移民してきて、それ以来ずっとニューイングランドに住んでいました。私は典型的なアメリカ人です。
  • 典型(12) めくるめくような多様なバックグランドを語り、その後で、「私は典型的なアメリカ人です」と付け加える。アメリカ社会の多様性と、誰もが「典型的なアメリカ人です」と認め合う大らかさ。アメリカという国の魅力を強烈に印象付ける演し物だった。
  • 典型(13) それに比べて、日本人はどうか。日本人は均質であるという思い込みが、少数派に対して抑圧的に働くだけでなく、グローバル化する世界において、日本の競争力を奪う、意味のない制約になっている。
  • 典型(14) グローバル化の流れは必至である。「私は典型的な日本人です」という言葉を、多様な意味でとらえる。そんなことができる時代が、すぐそこに来ている。
  • 典型(15) 「私の母は、熊本から東京に出てきました。父は、北海道から大阪に働きに出て、旅先の東京で母と知り合いました。私は典型的な日本人です。」
  • 典型(16) 「私の祖先は、朝鮮半島から日本にやってきた職人でした。京都の近くに住んでいて、代々細工ものを作っていました。私は典型的な日本人です。」
  • 典型(17) 私の両親は、ベトナムから難民としてやってきて、日本に住み、苦労して働いて、地域社会に溶け込みました。私は典型的な日本人です。
  • 典型(18) 私の父は、マンガに惹かれてフランスから東京に来て、秋葉原で母と知り合って結婚しました。私の父方の祖父、祖母は、リヨンで精肉店を営んでいます。私は典型的な日本人です。
  • 典型(19) 「私は典型的な日本人です」という言葉を、多様な意味でとらえることができるようになってこそ初めて、日本はグローバル化する21世紀にふさわしい活気あふれる国になるのだろう。

どうでしょう・・・日本を考える上で、やっぱり上記のような内容は理解していた方がいいでしょう?

世界で戦う、ってどこまで「本気」ですか!?

ジュニアテニスに関係していると、選手は勿論ですが、その周辺に存在する関係者(コーチや学校の先生、更には親)は、「いづれは世界で戦う・・・」と考えている方々、多いですよね。テニスに関わっていると世界でテニスをすることが当然といった風潮がありますから、それはそれで良いのですが、多くの場合、「世界で戦うって、どこまで本気なの?」と疑問に感じるケースが多々あります。

世界で戦うために、コーチは何をジュニア選手に教えなければいけないのか、ジュニア選手は、何をマスターしなければいけないのか、親は何をサポートしなければいけないのか・・・やることは山ほどありますが、「本気」で世界を見据えている、とは言い難いケースが多々ありますよね。

本日、やはり茂木健一郎氏が「本気」に関して「連ツイ」を公開していますので引用しておきましょう。

  • 本気(1) 鳩山元首相がツイッターでつぶやいた「裸踊り」は、TEDにおけるデレク・シヴァーズの講演「いかに社会運動を起こすか」。デレクは、たった3分で、情熱を持って社会運動の起こし方を語る。
  • 本気(2) 一秒たりともムダにしない。これが、「次の時代のハーバード」とも言われるTEDのエートスである。最初からトップギアに入り、そのまま疾走する。本気でやれば、たった3分でも、世界を変えることができる。
  • 本気(3) 人間の脳は、相手がどれくらい本気であるかということを察知する能力を持っている。TEDがこれだけ高い評価を受けているのも、そこに登場する人たちが、皆「本気」だからだろう。
  • 本気(4) 本気であるとは、つまり、そこに自分の蓄積してきたもの、出せるもののありったけを投入するということである。一気に駆け抜けて、言い訳をしない。そのような「本気」に対しては、誰でも敬意を払う。
  • 本気(5) 日本の悲劇は、指導層の間に、長らく「本気」が見られないことだろう。講演、挨拶でも、「本日はお日柄もよく」などで始まる愚にもつかない話が続き、一向に本題に入らない。一秒目からトップスピードのTEDと、いかにテンションが違うことか。
  • 本気(6) 新聞が若者に見捨てられているのは、紙面から「本気」が伝わって来ないからである。自分たちを安全圏において、気の利いたことを書いて偉そうにしている。安楽椅子のジジイのような態度に、若者たちは怒っている。そりゃあそうだ。若者たちは、これから、生きなければならないのだから。
  • 本気(7) 織田信長が、今川義元の大軍に攻め立てられて絶体絶命、その時に、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。」と敦盛を舞い、熱田神宮に参拝して必勝を祈願し、打ち出ていった。その時の信長は本気だったろう。
  • 本気(8) 「平家物語」の壇ノ浦で、二位の尼が、幼い安徳天皇を抱いて、「浪のしたにも都のさぶらうぞ」と入水した時、彼女は本気だったろう。
  • 本気(9) 新聞記者がもし本気でジャーナリズムをやっていたら、自分の良心に照らして、合理性のない「記者クラブ」の制度など、自ら即刻廃止するだろう。少なくとも、その努力をするだろう。私にどうしても理解できないのは、彼らがそれをしないことだ。きっと、本気ではないのだろう。
  • 本気(10) もし、大学の関係者が、学問をできるだけ多くの人たちに伝えるということについて本気だったら、必死になってありとあらゆることをするだろう。大学の「公開講座」から伝わってくるのは、「とりあえずやってます」という弛緩した空気だけだ。
  • 本気(11) マイケル・サンデルの「白熱教室」、スティーヴ・ジョブズのプレゼン。これらに共通なのは、「本気」だということである。それに比べて、日本では、テンションが低く、やる気のない態度が蔓延していることか。
  • 本気(12) 日本に住んでいて一番頭に来るのは、本気で生きる気持ちもないやつらが、本気で何かをしようとしている人たちの足を引っ張ったり、揶揄したり、下らないことを押しつけたり、そういう光景があり過ぎるということ。
  • 本気(13) 一番悲しいことの一つは、「パブリックセクター」、すなわち公務員や、教育委員会といった人たちと話していて、「この人は本気だ」と思うことが、ほとんどないということ。パブリックセクターの人たちが、日本の「本気」度を下げているというのが肌で受け取る実感である。
  • 本気(14) テンションの低い人に、意味のない形式や、よくわからない段取りを押しつけられる。こっちは、事を荒立てまいと思うから、「はいはい」と聞いたフリをしているが、仕事が終わったら後ろを振り返らずに全速力で逃げ出す。記憶から、そのテンションの低さを消す。
  • 本気(15) 日本人はさあ、幕末もそうだったけど、いざとなったら、本気になれるんだよ。だけど、今の社会の、官僚たちや、マスメディアや、大学の先生たちの「ローテンション」に付き合っていたら、いつまで経っても本気になれないや。
  • 本気(16) 首相の記者会見なんかも、記者クラブがしきっているだけでなくて、質問の順番も、最初にNHKとか暗黙のうちに決まっているらしい。もし本気でジャーナリズムやってるなら、そんなもんかっとばしてばしばし質問すればいいだろう。
  • 本気(17) 日本も、段取りとか根回しとか、そんなかったるいことに付き合っている時代はそろそろ終わり。そろそろ、俺たちも本気(マジ)になろうぜ。俺たち、いざとなったら、なかなかやるもんだぜ。

上記、「本気(12)」に記述されている「日本に住んでいて一番頭に来るのは、本気で生きる気持ちもないやつらが、本気で何かをしようとしている人たちの足を引っ張ったり、揶揄したり、下らないことを押しつけたり、そういう光景があり過ぎるということ」は、テニス界に関わっていると本当に良くあることです。しかし、本気であれば、こうした雑音は聞こえなくなるはず!それこそ本気なんですから。

テニス界の関係者は「本気であるとは、つまり、そこに自分の蓄積してきたもの、出せるもののありったけを投入するということ」をもっと徹底して実践すべきではないでしょうかね。結果を気にしていては、何もできなくなりますよ!

【追記:2010年9月5日】
上記の茂木健一郎氏の連ツイ、「本気」が、「茂木健一郎 クオリア日記::連続ツイート 「本気」」として、ブログに公開されましたので改めてご紹介しておきます。

茂木健一郎氏の「連続ツイッター::連ツイ」の方法

本ブログで、ちょっとテニスにも応用できそうな茂木健一郎氏の「連続ツイッター」、通称「連ツイ」を何度か掲載しました。ちょっとそれをリストすると・・・(本投稿記事を公開後も、引用させて頂く「連ツイ」は増えていくと思いますが・・・)

やっぱり見識がありますよね~何度でも読み返したい内容です。それにしても、この「連ツイ」どうやっているのかな、と思っていたのですが、その内容が公開されていました!「茂木健一郎 クオリア日記::連続ツイートについて。」がそれ。これまた引用しておきましょう。

インターネット上の新しいメディアは、その使い方を模索しているうちにどんどん次の展開が見えてくる。ツイッターもそうであった。140文字制限が、簡約表現を旨とする日本語に適していたこともあって、まだまだツイッターの「のびしろ」の限界は見えない。

そうそう・・・どうやら英語よりも日本語の方が使い易い。私も、自分の「Twitter」では、日本語も英語も公開していますが、英語の140文字は、本当に大変です・・・日本語の方が圧倒的に「要約」をつぶやけます。上記の記事はまだまだ続きます。

このところやっているのが「連続ツイート」(「連ツイ」)である。毎日、テーマを決めて、だいたい10項目くらいの内容をツイートする。その際、(1)、(2)、(3)、・・・・と番号を振っていく。

(中略)

よく、書きためてから流し込んでいるのではないかと思っている方がいるが、そうではなく、テーマだけ決めて、リアルタイムで(1)、(2)、(3)・・・と書いていく。各項目の内容も、項目数も決めていない。その場で、即興で書いていく。

即興と言っても、実際には、熟成した何かがその日の「連ツイ」のテーマとして無意識の中から浮かび上がってくるのだろう。

如何でしょう・・・読まれない私の「Twitter」で連ツイでもやってみようかな・・・ちょっとした頭の体操になりそうだけど。

「脱抑制」を獲得すること・・・

「Twitter」を始めてから、とにかく注目しているのが茂木健一郎氏の「つぶやき」で、特に「連続ツイート」に注目しています。「テーマを決めて、一気に思いつくことをつぶやいていく」そうで、あまり型にこだわっていないようですが、なんとも素晴らしい・・・

今日の「連続ツイート」は、「脱抑制」に関して。「脱抑制」を実践することで、潜在能力を発揮し、知らなかった自分が出てくる・・・とのこと。では、その「連続ツイート」を引用しておきましょう。ハイライトは、私が勝手にマークしましたのであしからず。

  • 脱抑制(1) 理想の生き方は、集中しているけれどもリラックスしている「フロー状態」だが、そのためには、脳を「脱抑制」する必要がある。
  • 脱抑制(2) そもそも、脳は、強制できない。表面上強制しているように見える時でも、実は、神経回路の自発性が基礎にあり、それを脱抑制しているだけである。つまり、ある目的のために脳を「使っている」ように見える時も、脳の自発性の波の上に乗っているだけなのだ。
  • 脱抑制(3) 自分の能力をフルに発揮することを恐れる「ヨナ・コンプレックス」を乗り越える必要がある。誰でも、自分の潜在能力を十分には発揮していないのだ。「脱抑制」することで、自分の中から、知らなかった自分が出てくる。
  • 脱抑制(4) 才能というものは、泉のようにあふれるものである。苦労して押し出すのではなく、抑制を外してやると、あとは、脳の回路が自発的に活動して、すべては自然に、何の苦労もなく生み出されてくる。その「歩留まり」は、驚くほど高い。
  • 脱抑制(5) とりわけ、日本のようにお互いに抑制をかけ、過重なルールを守ることで成り立っている社会において独創性を発揮しようとすれば、「脱抑制」が一番の課題になる。抑制をかけることをあまりしないアメリカ人と比べると、日本人は自分自身を抑制というロープで縛った人形のようだ。
  • 脱抑制(6) 私のケンブリッジ時代の恩師、ホラス・バーローは、ある人が学会のアブストラクトで「何を書きたいかかわからない」と悩んでいた時、「書いてごらん、そうすればわかるよ」とアドヴァイスした。情報は意識がコントロールして産出するものではなく、無意識から生まれるという哲学である。
  • 脱抑制(7) そもそも、脳は、システムとしてのバランスをとるためにも、各回路の潜在能力の100%を出し切っていないものである。そのような脳の「自己規制」を、いかにうまく外してやるかということが、創造性を発揮する上での鍵となる。
  • 脱抑制(8) スケートの清水宏保さんは、「身体の限界よりも先に脳の限界が来るのです」と言った。いわゆる「火事場の馬鹿力」は、危機にあって脳が自らの抑制を外すことによって生まれる。問題は、危機ではない時にも、いかにして抑制を外すことができるかだ。
  • 脱抑制(9) 脱抑制を身につけるための一つのトレーニング法は、自らプレッシャーをかけて自分を追い込むことである。もうこれ以上できないというレベルに、ハードルを設定する。そのハードルを乗り越えようとする時に、自然に脳の抑制が外れていく。
  • 脱抑制(10) シドニー大学のアラン・シュナイダーは、「サヴァン能力」は、普通の脳の中にも実は潜在的に存在し、ただそれに抑制がかかって表面化しないだけだと考えている。うまく抑制を外してやることで、本人が思いもよらないような天才的能力が開花する可能性がある。
  • 脱抑制(11) 脱抑制ができて、集中しているけれどもリラックスしている「フロー状態」が実現できることが、ニーチェの言う「舞踏」(Tanzen)に相当する。意味や目的でさえ、「舞踏」の邪魔をする「重力の魔」となる。私たちは、自分の脳を無重力の空間に遊ばせなければならないのだ。
  • 脱抑制(12) 江戸時代末期、時代の大きな変化を民衆レベルで予見したごとく各地で起きた「ええじゃないか」騒動は、当時の日本人の集団的な「脱抑制」だった。
  • 脱抑制(13) 行き詰まっている日本を打開するための鍵は、脳を上手に「脱抑制」してあげることである。生命エネルギーは無理矢理ひねり出すものではない。抑制を解いてあげれば、無尽蔵にわきでてくるものなのだ。

「フロー状態」・・・本ブログの投稿記事で同じく茂木健一郎氏の連続ツイート「茂木健一郎氏の連続ツイート、「フロー」が良い!」と関連がありそうです。

Twitter をブログ風に表示してくれる「Twilog::ついろぐ」を使うと・・・

「Twitter」 を始めて46日(と、表示されている・・・)に経ちました。昨日、偶然発見した「Twilog::ついろぐ」と言うサービスが面白くて、自分用に記録しておきましょう。

「Twilog」は、一見煩雑に見える「Twitter」をブログ風に表示してくれるサービス(私の Twilog は・・・こちらから・・・)で、無料で誰でも利用することができます。まっ、それは良いとして。

私にとって最も嬉しいのは、ブログ風に表示された「Twilog」をブログ用のコードを提供してくれるのです。つまり、先日、ご紹介した茂木健一郎氏の連続ツイート「フォロー」(投稿記事、「茂木健一郎氏の連続ツイート、「フロー」が良い!」を参照)を以下のように一発でコピペすることができる!(内容は違っていますが・・・)

  • アジア(9)「脱亜入欧」の裏返しとしてのアジア主義ではなく、アジアの特質を、冷静にとらえ、その中で生きることを実務的に考える時期が熟している。この点からも、近隣諸国との関係は、重要な意味を持つ。 posted at 08:40:04
  • アジア(8)自然と人間との関係においても、対立や不干渉による保護ではなく、日本の里山や、インドネシアの棚田の風景など、両者が調和したアジア的モデルが、むしろ先端的なものとなりつつある。 posted at 08:37:32
  • アジア(7)ヨーロッパの個人主義に対して、コミュニティを重視するアジア的感性も、インターネットがグローバルな関係性を築き上げつつある今日、ハンディキャップであるよりも、むしろアドヴァンテージである。 posted at 08:36:37
  • アジア(6)今や、経済成長著しいアジアの一部にいることは、恥ずべきことではなく、むしろ誇りとすべきこととなっている。韓国や中国、フィリピン、ベトナム、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどの沸き立つ空気と連動することが、日本にとっての未来である。 posted at 08:35:41
  • アジア(5)そのうち、自ら、「私はアジアから来た」「東アジアでは」とあたりまえのように言えるようになった。自己イメージと、他者が自分を見るイメージが一致するようになっていったのである。 posted at 08:34:09
  • アジア(4)私も、日本はアジアでも特別だ、ということを無意識のうちに植え付けられて育った。しかし、そのうちに自分はまさにアジアの一部から来たと見られているという当たり前の事実に気付いた。 posted at 08:33:03
  • アジア(3)その頃、外国に行った時に、自分が中国や韓国などの他のアジア諸国の人たちと見わけがついて、ちゃんと日本人だとわかるかどうか気にする人がたくさんいた。そして、日本人以外に間違えられると、怒り出す人たちもいた。 posted at 08:32:01
  • アジア(2)日本人は、長い間、自分たちがアジアの一部だということを心理的に消していた時期がある。日本がアジアで唯一のG7国だった頃には、特にその傾向が強かった。 posted at 08:30:25
  • アジア(1)青年の頃から、「アジア的」と言われると、なぜか腹を立てていた。明治の「脱亜入欧」以来の、無意識の中での志向性が心の中に残っていたからだろう。 posted at 08:29:10

これって、自分にとってはとっても嬉しいんだけど・・・

茂木健一郎氏の連続ツイート、「フロー」が良い!

twitter_64「Twitter」を始めて、約1ヶ月ですが、まだまだ使いこなすというレベルではありません。ちょっと「つぶやき」が多過ぎて、どうやって整理するのか、はたまた整理すること自体必要ないのか、それとも・・・まだまだ試行錯誤が続くのでしょうけど。

ただ、昨日の茂木健一郎氏(茂木健一郎氏の「Twitter」)の「連続ツイート」とご自身で訴えている「つぶやき」の連続がなんとも新鮮だったので、全てを引用しておきたいと思いますが、これって引用ではなくて、転載になるので如何なものかとちょっと著作権が気になりますが・・・

フロー(1) よく、緊張していることを集中と勘違いしがちだが、そうではない。理想的な状態とは、集中していると同時にリラックスしているチクセントミハイの言う「フロー」状態である。

フロー(2) ボルト選手が、100メートル9秒58の驚異的な世界新記録を出した時の走りを見ていると、笑って楽しみながら走っているように見える。このように、集中しているがリラックスしている時に、人は最高のパフォーマンスを発揮する。

フロー(3) スピードスケートの清水宏保選手によると、世界新記録が出る時には、主観的にはむしろ「流している」感覚がするほどリラックスしているのだという。実際に世界新記録を出したトップアスリートによる、貴重な証言である。

フロー(4) フロー状態において、人は、最高のパフォーマンスを出しつつ、その時間の流れを深く楽しむことができる。理想のあり方として、そのような至福があることを知ることで、自分の努力の黄金律とすることができる。

フロー(5) フロー状態になるためには、課題のレベルと、自分のスキルのレベルが高いところで一致していなければならない。スキルが及ばなければ、緊張しがちになる。課題が低いと退屈する。課題とスキルの高レベル共鳴がフローを生み出すのである。

フロー(6) 新しい課題に取り組んでいる時は、スキルが低いから、どうしてもつまづいたり緊張する。そのような、「山登り」の苦しい時間帯をくぐり抜けると、ある時、ぱっと「フロー」の平原が開ける。いつかは「フロー」に入ることを楽しみに、地道に研鑽を積まねばならない。

フロー(7) 英語などの外国語習得においても、最終的に目標とすべきは「フロー」状態である。途中の過程においては、苦しくぎこちない。しかし、スキルを上げるに従って、次第に英語を使うことが「蜜の味」になるフロー状態が近づいてくる。

フロー(8) フロー状態をつかむと、最高度のパフォーマンスで仕事をするということと、人生を楽しむクオリティ・オブ・ライフの命題が、自然に一致する。仕事をしつつ、それが人生の愉楽になる境地に達することができるのだ。

フロー(9) 課題とスキルを高いところで一致させるためには、常に「もっと上」を目指す向上心がなければならない。トップ・アスリートがフローを経験できるのも、絶えざる克己心があるからだ。

フロー(10) 日本人初のオリンピック金メダリストとなった三段跳びの織田幹雄さんは、「身体を躍動させること」自体が喜びであると語っていた。ここにもまた、フロー状態を知る一人のトップ・アスリートがいる。

フロー(11) 課題とスキルが高いレベルで一致し、集中しているけれどもリラックスしている。最高のパフォーマンスを達成しながら、蜜の味の時間が流れる。日々の営みの中で、そんなフロー状態を経験できることを目指し、楽しみとして目の前の努力をしよう。

「フロー」に関しては、私個人も気になっていたのですが、ほったらかし!というか、しっかり忘れていました。上記のつぶやきにあるチクセントミハイの「フロー」に関する書籍があるんですよね。それがミハイ・チクセントミハイ著「フロー体験入門 楽しみと創造の心理学」(世界思想社:2010年5月)フロー体験入門です。かなり気になりますが、これって心理学なんですね・・・脳科学かな、と思っていましたが・・・

日本男子の必読本!?竜馬がゆく

「kids-tennis.com::龍馬伝」は、ちょっと興味深いですね!ちょっと引用しておきましょう。

僕は日本男子の必読本と言われる「竜馬がゆく」は勿論何度も読みましたし、関係の資料も見た事はあります。が、別段、坂本龍馬という人物を深く尊敬しているわけでもありませんし、憧れているわけでもありません。

しかし、教科書にも出て来ない当時の身分制度では脱藩浪人という非公式人物ながら世界へ開かれた考えを持ち、多くの人から愛され、閉ざされた時代を倒す礎を作り、なぜ今の時代もここまで人気を博しているのか。

「日本男子の必読本」と言われているんですか、「竜馬がゆく」って?知りませんでしたが、そんなことは良いとして、本ブログでしばしば登場している内田樹氏も「日本人論を語るために必要な書籍20冊」にあげている本ですから、やっぱり読んでみるかな・・・

【追記:2010年9月6日】
「Twitter」は、最近欠かせない情報源ですが、2010年9月6日に茂木健一郎氏が、坂本竜馬を「連ツイ」していたので、柿に引用しておきます。

  • これからの日本に必要なのは、土佐を脱藩して独立した自由人として幕末の日本で人と人を結び、維新への流れをつくった坂本龍馬のような思想、行動ができる人である。
  • 脱藩八策(1)自分の存在、意義を、組織や肩書きに依存するな。他人を、組織や肩書きで判断するな。組織や肩書きを手に入れることを人生の目標にするな。組織から放り出され、肩書きを失っても、自由闊達に生きられるような資質を身につけることを目指せ。
  • 脱藩八策(2)脱藩のために必要なのは、自分自身の内部の「安全基地」である。知識、経験、人脈を、組織とは関係なく、組織を超えて蓄積する。確実なものを持つことが悪いのではない。確実なものを「安全基地」として「偶有性の海」に飛び込めばいいのである。
  • 脱藩八策(3)根拠のない自信を持て。そして、それを裏付ける行動、努力をせよ。26歳で土佐を脱藩した龍馬には、何の裏付けも、保証もなかった。行動しないことの言い訳をつくるな。根拠のない自信で、自分自身の背中を押せ。
  • 脱藩八策(4)プリンシプルを持て。不確実性の中に自分を投げ込む時、指針を与えてくれるのは、揺るぎないプリンシプルだけである。確固としたヴィジョンがあれば、柔軟に状況に対応できる。芯に何もない人は、体面を気にしたり、些事に流されたりする。
  • 脱藩八策(5)自分が惚れ込める人を、走り回って必死に探せ。脱藩者にとって、頼りになるのは卓越した、信用できる人たちとの結びつきである。組織や肩書きではなく、一人の人間として輝いている「恒星仲間」を見つけろ。彼らとの間に、「星の友情」を結べ。
  • 脱藩八策(6)「点」と「点」、「人」と「人」を結べ。既存の組織、文脈を超えて補助線を引き、自ら補助線となることができるのが、脱藩者の特権である。薩摩、長州どちらの藩の人間にも、薩長同盟は締結できなかった。現代の脱藩者にとって、「薩長同盟」にあたるものは何か、必死に考えよ。
  • 脱藩八策(7)養老孟司さんは「東大教授は、名刺の真ん中に『東京大学教授』と大きく書き、肩書きのところに小さく自分の名前を書け」と言われた。今や、「組織は、ならずものの最後の砦」である。組織で人を判断するな。組織に所属しない人を、軽んずるな差別するな一人の人間として対等につきあえ。
  • 脱藩八策(8)坂本龍馬は、維新後の新政府の閣僚に加わる気はなかった。「世界の海援隊」を目指す中、志し半ばに倒れた。世界が一つに結ばれる今、一国の政治も大事だが、それだけでは小さい。勇気ある脱藩者は、むしろ、「世界の海援隊」を目指せ。必死になって疾走し、「点」と「点」を結びつけよ。

あんまりテニスに関係ないかな・・・それでも参考になるはず!