女王不在の WTA


Number780「ウィンブルドン 2011」は、最初の一週間を経過しました。昨晩は、土居美咲選手の3回戦が放映され、ちょっと寝不足気味のテニスファンも多いのではないでしょうか?私個人も、試合開始から終了までしっかりとテレビ観戦。ただ、試合がちょっと単調だったような気がしていますが・・・やっぱりサービスの考え方が海外とは違っているのか、リターンエースを決められるシーンが目立っていたような・・・まっ、素人の私がいろいろとコメントするべきではないんでしょうけど、ただ、私のような素人をどうやって惹きつけてくれるのかを真剣に考えて欲しいな、なんてことも考えているのです。

そして、雑誌「ナンバー::Number 780」には、「全仏初の大波乱が物語る「女王不在」という難局」というコラムが非常に興味深い内容でした。シード選手が次々とトーナメントの早い段階で敗退していく過程で、「女王不在」を指摘している内容です。

ツアーの主役となりうる選手がいれば、そこに「物語」が生まれる。シュテフィ・グラフとヒンギスの新旧女王対決、ヒンギスとウィリアムズ姉妹による技と力の攻防など、以前の女子テニスには分かりやすい構図があった。観客には歴史を目撃している興奮があり、テニスに詳しくないファンもこのスポーツを堪能できた。(p.106)

正に、上記の指摘は正しいのでしょう。私が物心ついたころ、テレビ番組としては頻繁にテニスを放送していました。マルチナ・ナブラチロワ選手、クリス・エバート選手、ビリージーンキング選手・・・漫画の「エースを狙え!」が全盛の頃でしたら、それも手伝っていたのでしょうけど、それでもナブラチロワ選手のサーブ・アンド・ボレーに対して、安定したストロークのクリス・エバート選手の対決は、何十年たっても記憶に残っています。そんな時代は、もう来ないのでしょうか?

上記のコラムは、さらに続きます。

そうした主役クラスがいないだけではなく、今の女子はテニスそのものが薄味であることも否定できない。テニスが一画的で、体力勝負の色合いが強いのだ。似たようなスタイルの選手たちが繰り広げるつばぜり合い、これを固唾をのんで見守るのは限られたファンだけだろう。

この指摘は、本当に深刻だと私は思っています。心配したって、何もできませんが、それでも私のような素人が発信することで、何かが変われば・・・なんてちょっと大袈裟ですが、最近本当に感じているわけです。

昨日の「ウィンブルドン 2011」の土居美咲選手・・・3回戦進出で素晴らしい結果だし、「限られたテニスファン」には興奮した試合だったのでしょう。しかし、ショットバリエーションを武器にビーナスウィリアムス選手と戦った伊達公子選手の試合内容からすると、全くと言っていいほど「興奮」はなかった(あくまでも個人的な感想です)。対戦相手のビックサーブに押し込まれていて、解説でも「土居選手の1ゲームさえブレイクすれば勝てると対戦相手は考えていると思います」というコメントが全てだった・・・

WTA は、この「女王不在」の時代をどうやって乗り切るのか・・・雑誌だけではなく、一テニスファンとしても気になるところです。

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